舞台配信メモ6:Old Vicと配信ミュージカル

今回は、コロナ禍での上演を配信で視聴したものの感想。すべて有料公演。

Three Kings / スモール アニマル キッス キッス / Faith Healer / Before After / Romantics Anonymous

Old Vic In Camera: Three Kings

2020/9/5 マチネ

Old Vicの無観客での上演を生配信で視聴。字幕あり。

作:Stephen Beresford 演出:Matthew Warchus 美術:Rob Howell 出演:Andrew Scott

アンドリュー・スコットのために書き下ろされた、スティーヴン・ベレスフォードによる一人芝居。私にとっては初めてのOld Vic In Cameraシリーズであった。やはりリアルタイム配信で上演を見るのは、録画の配信を見るのとは見る側の気合も違う。久しぶりに生の芝居を見たような感触があり大いに楽しんだ。

構成は大きく3つの部分に分かれており、それぞれ異なる時期・場所で主人公の男性が亡き父との思い出を語る。父との満たされない思い出、痛みを伴う思い出を、アンドリュー・スコットが様々なキャラクターを軽やかに行ったり来たりしながら、軽やかすぎるくらいに軽々と演じる。最初から何度も言及されるコインをつかったなぞかけ(Three Kings)は、まだ幼かった主人公が初めて父と会ったときに教えられたバーでのトリックだが、このなぞかけがそのまま芝居を見ている観客の注意も引きつけ、最後までひっぱる。

カメラが時に被写体にピントを合わせられないのはどういうことかと思っていたが、どうやら単純な技術不足のようだ。配信画面が途中でひとつから二分割、三分割と増え、フィナーレで再びひとつに集約される演出は意図があるのだろうが、一観客の立場としては鑑賞上の喜びには寄与しない印象(複数のカメラで撮影すれば一つピントが合わなくても他の画面でカバーができるなあ…程度の感想ならあるが…)。

FUKAIPRODUCE羽衣『スモール アニマル キッス キッス』

2020/8/30ソワレ、吉祥寺シアターでの公演。録画を配信で視聴。

プロデュース:深井順子 作・演出・音楽:糸井幸之介

ミュージカルならぬ「妙ージカル」と銘打ったシリーズ。コロナ禍のなか客入れして上演するために、事前に音声を録画して口パクで演技をつけているプロダクション。

異なる場所・キャラクターたちによる、短いシーンが続くオムニバス仕立てである。開演前に舞台上で俳優たちが空気を入れた、子供用のビニールプールを様々なものに見立てる美術が軽やか。

歌唱については、技術のある者が狙ってやる「ヘタウマ」ではなく、下手な人がわざと下手にやる「ヘタヘタ」状態で、じっと座って聞いているのが苦痛なほど凄まじい。メロディーと和音の付け方も、古典的な和声法に乗っ取った方法ではないし、セリフ部分も一昔前の小劇場っぽい演技が多い。あえて洗練させない方針なのだろう。

魅力を知りたくて試聴したのだが、私は分析できるほど聴き込むことができなかった…こんな程度でここに書くのも躊躇われたのだが、記録のために書いておく。音楽に乗せないセリフ部分では、「ぼく、イギリス人!」は声を出して笑った。

Old Vic In Camera: Faith Healer

2020/9/19 マチネ

Old Vicの無観客での上演を生配信で視聴。字幕あり。

作:Brian Friel 美術:Rob Howell 出演:Michael Sheen, Indira Varma, David Threlfall

ブライアン・フリールによる1979年の芝居。登場人物がそれぞれの視点から共通の思い出を語るという形式で、一つの場を一人のみで演じるため、ソーシャルディスタンスをとる必要がある際にはもってこいの芝居である。

登場人物は、主人公でフェイス・ヒーラーのフランク、妻のグレイス、マネージャーのテディであり、第一場はフランク、第二場はグレイス、第三場はテディ、最終場は再びフランクの語りである。それぞれが少しずつ異なる内容だが、フランクから見たフランク、グレイスから見たフランク、テディから見たフランクとグレイス、という具合に順に主観から客観的視点に移行するので、順により正確な証言が得られているように感じ、毎度後から聞いた証言で脳内の情景を書き換えていく作業をすることになる。しかし最後に再びフランクの語りを聞くと、再度それが真実に最も近いのだろうと信じたくなる。

戯曲の面白さと演技はかなり好印象だが、それ以外の演出がやり過ぎに思えた。背景が空の客席であることと、衣装や小物のグラフィックだけは作り込んでいることのアンバランスさがしっくりこない。また今回は、ピントが合わない以上に、カメラによる演出を過剰に感じた。本来の舞台なら私と演者の間に何もないのに、カメラの極端なズームが使われると、その度に現地にいるのは中継カメラで、自分は部屋で光る画面を眺めていることを思い出してしまう。

テレグラフのドミニク・キャベンディッシュのレビュー(要登録)にも書かれているような「Zoomで見ては魅力が半減する」という意見になるのは、おそらく生の舞台の効果を信用しているからだ。私はむしろ、出演の俳優3人がカメラ向けの演技が達者であるせいで、録画の方が満足できるような、果たしてピントが合わない生配信カメラ中継でわざわざ見る必要があるのか?という気分になった。劇場から中継するならカメラ慣れした俳優が適役にも思えるが、今回はむしろ疑問を持ってしまった。

Before After

2020/9/26 マチネ

元々は日本での公演のために依頼制作されたミュージカルで、今回がイギリスで初のフル公演。Southwark Playhouseでの無観客リーディング公演を生配信で視聴した。出演者二人のうち、ハドリー・フレイザーはワークショップ、スタジオCDにも参加している。

原案・作詞・作曲:Stuart Matthew Price 脚本:Timothy Knapman 演出:Matthew Rankcom 出演:Rosalie Craig, Hadley Fraser

物語は、現在のベンとエイミーが出会うところから始まる。二人はかつて恋人同士だったのだが、ベンは交通事故にあったために記憶に障害があり、エイミーとは初対面だと思い込んでいる。過去の二人が出会い、付き合い始めてから破局に至るまでと、現在の二人が再び出会い新たに関係を形成する様子を、並行して描いていく。

交通事故による記憶障害という要素をある意味都合よく用い、恋人同士のすれ違いをややファンタジー化したミュージカルである。ロマコメ的いざこざはどこかで見たことがあるような展開で、主人公たちは32歳と35歳にしては結構未熟なところがある(ちなみにCD制作時点ではベンは35歳ではなく29歳だった)。演じ手のクレイグとフレイザーが成熟した歌唱力と演技でもってこれを披露するので、キャラクターの幼さがむしろ際立ってしまった。

音楽はミュージカルらしい心地よい雰囲気で、歌唱も伸びやか。キャッチーなFor The First Timeはすでにパフォーマンスを見たことがあったが、今回初めてパフォーマンスを見たAs Long As You’re Thereが、恋の無敵感で高揚するような雰囲気が良かった。

Romantics Anonymous

Bristol Old Vicで配信上演されたもの。生配信も複数されていたが、日本から視聴するのは時間が合わなかったので、録画・字幕付きのアーカイブ配信を視聴。

作・演出:Emma Rice 作曲:Michael Kooman 作詞:Christopher Dimond デザイン:Lez Brotherston 振り付け:Etta Murfitt 出演:Mark Antlin, Carly Bawden 他

素晴らしいチョコレートを作る才能を持つアンジェリークと、伝統的なチョコレート会社を継いだジャンレネ、二人とも対人関係で問題を抱え孤独に暮らしているが、一緒に働き始めたのをきっかけに恋に落ちる。

徹頭徹尾チョコレートの魔法を信じるストーリーと演出になっていて、カメラに向かって差し出されるお菓子の紙袋がとても魅力的に見える。役者がカメラに向かって演技するシーンが複数あり、カメラ収録を意識した演出に変更されていると思われる。ジャンレネの亡くなった父親の、「第四の壁を越えて干渉してくる役者と関わるな」という苦言が観客にもチクリと刺さる。

恋で様々な問題が解決されるという展開はやや安易で、主人公たち以外の自助グループの面々はほとんどお手伝いだけという片手落ちな部分はある。ただ、このたわいもないようなストーリーを可愛らしくパッケージし、可愛らしいキャストと演技・セット・衣装・音楽・振付でまとめあげることができたので、プロダクションはとても魅力的に仕上がっている。ストーリーの内容の規模と、舞台上演のデザイン規模がマッチしているといえるだろう。

『スモールアニマルキッスキッス』『Before After』などのミュージカルの方が、画面を経る過程で「舞台のマジック」の効果が弱まってしまう気がしていたが、『Romantics Anonymous』でも配信画面の中にマジックを探してしまう瞬間があった。ミュージカルのマジックは、チョコレートと恋で全てうまくいくような突拍子もない展開でも、歌とダンスの力で感動させてしまうところだ。最後、カップルが元気に宙を舞うところで突如感極まったのだが、生で見ていれば、上演中に我に帰る瞬間がもっと少なくて済んだのだろう。

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