木ノ下歌舞伎 『心中天の網島』アクセシビリティ版(穂の国とよはし芸術劇場 主ホール)
2026年7月4日
作:近松門左衛門
監修・補綴:木ノ下裕一
演出・作詞・音楽:糸井幸之介
出演:日髙啓介、湯川ひな、伊東沙保、西田夏奈子、武居卓、緒方壮哉、大鷹明良
舞台手話通訳:田中結夏
以下、ネタバレあり。
記憶があるうちに覚えていることは書いときたいと思ったので書いちゃう。以前『摂州合邦辻』を見た時の感想があまり内容に踏み込まずに書いていたせいで細部をあまり思い出せないのがちょっともったいない気がしている。
視覚、聴覚に不自由がある人にも観劇してもらえるようにというアクセシビリティ版の上演。木ノ下歌舞伎での『心中天の網島』の初演は2015年だが、今回のアクセシビリティ版の上演のためにセットや演出も変えたところがあるとのこと。
開演15分前に、木ノ下から口頭で劇場空間、舞台セット、衣装、字幕等の説明があり、同時に手話通訳者も出てきて随時手話で通訳がなされた。舞台上空には字幕を表示する画面が2つ吊ってある。役者のセリフを通訳する手話通訳者もいて、彼女は劇中ほとんど出ずっぱりだった。イヤホンガイドも準備されているとのことであった。
終演後、アフタートークも30分ほどあったので、上演時間は休憩なし2時間程度だが、舞台に人がいるのを見ている時間は3時間くらいになった。
私はアクセシビリティ版がどういう意味かもわからずにチケットを買っていたのだが、もし字幕がなければ一部の歌詞や古語の大部分は聞き取れず何を言っているかわからなかっただろうから、このアクセシビリティ版での鑑賞で良かったと感じた。
第1部
冒頭は、紙屋治兵衛と曽根崎新地の遊女小春の初対面からはじまり、客と遊女という関係以上に仲を深めていくところが会話だけで展開する。現代的な口語なので、わかりやすい。言ってしまえばしょうもない男女の会話が続くのだが、そのシーンの最後が、「一緒に死のうか」「うん」という会話で終わる。
元の浄瑠璃、歌舞伎や実写映画なども未見で、話も調べていなかったので、とはいえ最後は二人が死ぬのだろうなとは思っていたけど、いきなり冒頭ですぐにそういう話になるのか、と驚いた。なんで急にそうなるのか全く理解できない。
その後すぐにコーラス隊が4名出てきて、歌舞伎とは思えないポップス調の歌が始まる。主題歌的な「心中天の網島」だ。その一行目が「そんなことしちゃったら、良くないよ」である。そうだ、良くないぞ。心中なんかやめときなよ。今思えば、この冒頭の流れで私はぐっとこの演目に身が入ったように思う。
ちなみに、このような「古い劇の倫理観が全く納得できないが、現代人の感覚を持ったコーラスが現代的ツッコミを入れてくれるので見やすくなる」という構造は、英ナショナル・シアターでIndhu Rubasinghamが演出したBacchae(2025)も同じだと思った。
俳優では、特に小春役の湯川ひなが、歌声が清々しく綺麗で、歌も上手いところが良い。その佇まいと声の雰囲気からうら若い娘であるということが推測できる。小春の歌「錆びた時計」は、彼女のみずみずしい感覚や心の動きが描かれていて、この子が若くして死んでしまうのかと思うととても悲しくなる。好きな男と会えないために元気が出なくて、「半分寝ぼけた」ような態度で生活し、たまに田舎の貧しい母親に思いを馳せていると思うと泣けてしまう。
主演の治兵衛役の日髙啓介は、若い遊女に惚れてしまった中年男という風采に見えるせいで、ますます治兵衛が情けなく見えるシーンも多いのだが、その滑稽さが笑いを誘い、どこか憎み切れないチャーミングさを保っている。ほかのアンサンブルも迫真の演技で全体的に好ましかった。歌唱はお世辞にも上手いとは言えない演者もいたが、全体としてはよく歌えていて、盛り上がるべきところが綺麗に盛り上がるので、音楽に感動できる。
第2部
芝居は、小春のいる茶屋のシーン(上巻・河庄)、治兵衛宅のシーン(中巻・紙屋内)、心中のシーン(下巻・名残の橋づくし)の3部構成になっている。最初は現代語やポップスで展開するので、歌舞伎における浄瑠璃をポピュラー音楽で置き換える形式なのだと思っていたが、治兵衛の兄孫右衛門が侍に扮している際のセリフや、治兵衛の妻、叔母、義理の父などが出てくるやりとりは古語が中心になる。一部、鳴物の代わりにバイオリンが合いの手を入れてくる。
第1部の最後に、孫右衛門の仲裁で、治兵衛と小春は心中の約束までしていた二年半にわたる関係を終わらせることになる。治兵衛には妻子もあるということは、第2部でわかる。小春のために紙屋の商売が傾いていることはわかっていたが、やっぱりお前妻子がいるのかよ。しかも子供はまだだいぶ小さいようだ。何年も何やってんだ、勝手に早めに一人で死んでおけ、という気持ちになる。
それなのに、妻おさんは、小春と別れたあとも未練があって仕事もせず泣いて過ごす治兵衛に恨み言も言いながら、甲斐甲斐しく世話をしている。小春が嫌いな男に身請けされたら自死してしまうだろうと知っているので、店の資金や財産を質に入れて治兵衛に持たせ、先に身請けすることを勧めてくる。質に入れる品を探しているシーンで回想シーンが複数回挟まれるのだが、幼馴染で恋仲になるところは二人とも愛らしい。私からするとこの夫婦の感覚が理解し難いが、このすっぱり切れない愛情が互いにある感じが大阪の物語っぽい気もする(と思うことで、なんとかこの話を飲み込もうとしている)。
その後、おさんは財産と共に父に連れ帰られてしまい、治兵衛には子供だけが残される。小春も他の男に身請けされることは変えられない。
結局、絶望した治兵衛は子供を兄に預け、曽根崎に行き、こっそり小春と再会し、やはり二人で心中することを決意する(お前マジ…)。この心中するまでの道中が第3部で描かれる。
第3部
挿入歌「愛と死」の「森の烏はぐーぐー眠る」という部分のメロディーの盛り上がりがドラマチックで良い。やはりしょうもない男女の会話をしながら、二人はどんどん移動し、心中する網島の大長寺までやってくる。
ここまでは表面的にはロマンチックな雰囲気もあるのだが、心中のシーンは打って変わって、無様かつグロテスクである。治兵衛は小春を一刺しで殺すことができず、小春は苦しみのたうちまわるが、痛みを訴える様子が笑いを誘いもする。治兵衛も首をくくったあとにひとしきり苦しみの声をあげてからこときれる。両者とも、死に顔は全く美しくない。このしつこさ、描写のグロテスクさはやはり文楽だ。文楽も一度しか見たことがないのだが、その時に人が死ぬシーンのグロテスクな描写にギョッとしたことを思い出した(当時の備忘録)。
締めはコーラスによる大団円だ。ダンスミュージックのようで、手拍子しながら踊りたくなる曲で終わるところが良い。
アフタートーク
アフタートークは、豊橋の劇場の方と木ノ下との対談形式。それぞれに通訳がつき、字幕もつく。
アフタートークで印象的だったところは2点。まず、おさんが小春に「女同士」と対等に捉えているところが、当時としては異例であるそうだ。確かに、普通なら、小春が誰に身請けされて死んでしまっても気に留めないだろう。次に、アクセシビリティ版にして通訳を入れるにあたり、冒頭の演出を変更した点について。開演後、最初に起こる動作は、タイトル「木ノ下歌舞伎 心中天の網島 アクセシビリティ版」の手話通訳である。手話がわからない観客にとっては、理解できないもの(予想はつくが)から芝居がはじまる。また、冒頭の治兵衛と小春の会話で、2人がアクションをせずセットの穴に入って会話だけするというのは、通訳やその他の情報が増えている状況に慣れてもらいたいため、あえて動きを抑えた演出になったとのことだった。ちなみに初演時の台本にはこのシーンがない。
木ノ下は、おそらくこの芝居について言いたいことがたくさんあり、時間が許す限りずっと喋りたそうだったところが好印象だった。
クレジット抜粋
美術:角浜有香
音楽監修:manzo
照明:横原由祐
音響:星野大輔
衣裳:大野知英
振付:北尾 亘
歌唱指導:伊藤和美
文芸・補綴:稲垣貴俊
演出助手:三浦しおりこ
舞台監督:大鹿展明
手話監修:江副悟史(エンタメロード)
字幕制作・オペレート:南部好恵、藤巻 修、米本祐香(以上リアライズ)
音声ガイド制作:松田高加子
音声ガイドナレーター:持丸あい
アクセシビリティ制作協力:大石将弘
アクセシビリティアドバイザー:南部充央(舞台情報設計)
