2026/8 Arcadia (Duke of York’s Theatre)
作:Tom Stoppard 演出:Carrie Cracknell
出演:Aaron Anthony, Nikki Amuka-Bird, David Buttle, Oliver Chris, Angus Cooper, Seamus Dillane, Matthew Doswell, Tim Frances, Holly Godliman, Isis Hainsworth, Yolanda Kettle, Matthew Steer
昨年末に亡くなったトム・ストッパードの戯曲のなかでも傑作といわれる、『アルカディア』のリバイバル公演。年初にオールドヴィックで上演されたプロダクションがウエストエンドにトランスファーしたもの。上演時間はインターバル含めて3時間弱。
本作は、イギリスの貴族の屋敷の一室を舞台に、19世紀初頭に屋敷に住んでいる親娘や家庭教師のシーンと、現代の屋敷の子孫と調査に訪れた学者たちのシーンが交互に描かれる。彼らの話題には数学、物理、文学史、庭園などの知識が盛り込まれている。私は事前に日本語戯曲(小田島恒志訳)を入手して読んでおいた。大変読みやすい翻訳で、すぐに読める。というか、事前に読んでいなければ話についていけなかっただろう。(ちなみに、劇場プログラムにも重要な概念や用語解説が載っている。ただ字が小さく、客席が暗くて読みづらかった。)
戯曲には、大道具と小道具の指示も書き込んである。が、今回のプロダクションは周囲を客席が取り囲んでおり、戯曲に指定されている背景の大道具はない。このような違いがあることがわかったのも、事前に戯曲を読んでおいたおかげだ。今回のプロダクションでは天井から大きな円形の照明が2つと、小さな球形の照明が複数吊られている。まるで宇宙空間の模型のように見えるその照明が、適宜操作されて美しい効果を生んでいる。二重盆の舞台の上には、中心にテーブルと椅子、縁にベンチが複数置いてある。戯曲には、テーブル上に持ち込まれるマグカップなどの小道具はあえてそのまま置いておき、時代が異なる登場人物たちはそれを単に無視して進めることにするという指示があり、本プロダクションでもその通りに踏襲されている。
貴族の娘トマシーナを演じるアイシス・ヘインズワースが、出色の存在感を放っている。彼女はそれなりにキャリアを積んだ俳優だが(9年前にOur Ladies of Perpetual Succourで女子高生役をやっていた)、初々しさと箱入り娘らしい無垢さに磨きがかかっている。同時に溌剌とした台詞回し、可憐な雰囲気もあって素晴らしい。
他方では生身の俳優たちが演じている19世紀の人々の営みを、現代の人文学者たちバーナードとハンナが紙の束だけを手がかりに、ああじゃないかこうじゃないかと推測して「面白い」ストーリーを描き、研究成果として発表しようとするさまは、時に的はずれな行為に見える。特にバーナードの出世欲、顕示欲というか愚かさが目立つ。しかし、決して突き放すような視線で描かれているわけではなく、バーナードの失敗も反省も描いてみせるところが優しい。彼がハンナに「それでも発表しろ」と背中を押すセリフは、劇中でも最も前向きなものの一つだと思う。演じるオリバー・クリスは、魅力的で口が立ち、知的で傲慢な自信家の役があまりにも似合う。
劇中では、文学も科学的発見もあえて並列して議論される。なかでも家庭教師のセプティマスに、どちらにせよ、それらはすべて過去に記されたものであり、またいつか語られるものだと言わせるところが面白い。アレクサンドリア図書館の書物と同じように、稀有な知性も隠者の書き溜めたものも失われる。観客である私たちはそれらの出来事を嘆き惜しむよりも、いま語り、語られることを慈しむべきだというメッセージのようだ。
芝居のあいだ、舞台中央には同じテーブルが置かれている。終盤にそれぞれの時代がごく一瞬だけ交差する場面はひとつのクライマックスである。この舞台上では、あっと驚くようなスペクタクルは見せず、観客に示される様々な事柄を想像させるだけに留める。最後に俳優と照明が作る光景が大変美しく、泣きたくなるような後味がある。
ちなみに、本作の公演中の9月10日、劇場の名前はDuke of York’s TheatreからTom Stoppard Theatreに変わった。Arcadiaのインスタグラムアカウントに、カーテンコールでのオリバー・クリスの短いスピーチが掲載されている。
