ニッポン人は亡命する。

ニッポン人は亡命する。―― けっして福井県高校演劇祭での『明日のハナコ』事件に取材しているわけではない喜劇(うずめ劇場/東八幡キリスト教会ホール)

2025/2/1

戯曲:鈴江俊郎 演出:ペーター・ゲスナー

普段はあまり日本で芝居を見ていないのだけど、たまたま目にした『テアトロ』2025年1月号に戯曲が掲載されており、上演が先でチケットもまだあったので、舞台を見に行くことにした。

以下、それなりにネタバレあり

概要

ある日のドイツ大使館に、劇作家の男性が「亡命したい」と訪問してきた。もちろん一般的な亡命が必要な人物には見えないが、どうしても亡命するのだと主張して帰ってくれないという、ポリティカルコメディ。劇作家の一見突飛な主張と、それに振り回される大使館職員のドタバタ対応と議論、交流が描かれる。

副題からも明らかであるように、『明日のハナコ』事件を下敷きにした演劇だ。しかし、あくまでも架空なのだという体裁を保つために「プクイ県」の出来事だといって事件の経緯と背景の説明がなされる。おそらく主人公の劇作家には、作者本人が多分に投影されている。なぜ彼が「日本から脱出しないといけない」と考えるようになったのか、日本社会全体に関わる様々な問題を象徴する具体的な出来事が『明日のハナコ』事件なのだということが時間をかけてわかってくる。

それで、どうしたらいいのか。やっぱり彼は亡命させられるわけはないし、彼だけが日本を脱出してハッピーエンド、という議論ではないようだ。大使館職員たちも日本に住む日本人がほとんどである。観客たちもそうだ。私たちはどうしたらいいのか、ということを投げかけながら、出口の見えない問題のひとつの昇華の形態としてここでは踊りが持ち込まれる。

ちなみに観客には紙資料も配布されていて、観客にしっかりと知ってほしい、この事件とそれが起こった日本社会のあり方について危惧しているという真摯な姿勢が伝わってくる。

短い感想

さて、話の内容は大変直接的に社会的で、これを描く意義はわかる。よくわかるのだが、もう私は見ていて本当に疲れてしまった。

劇場と舞台のサイズに対して、演技が大きくて非常にうるさく、洗練されていない。もっとスマートにできるだろう。 戯曲では、特に劇作家の主張がくどくどして長いので、大使館職員のようにうんざりしてしまう。

しかし、この「洗練されていなさ」に耐えられず、長くてしつこい議論に耐えられない私が――この短気で性急で、手触りのよいコンテンツに慣れ親しんでしまった我々の方が、やっぱり悪いのではないか?という気分にも同時にさせられる。

会場になった福岡県北九州市の教会の建築と吊り下げ照明、ぎゅうぎゅうに満席になった空間の雰囲気自体は大変良かった。

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