JACROW#38「THIS HOUSE」(シアタートップス)
原作:ジェームズ・グレアム 翻訳:野月敦 演出:中村ノブアキ
2025/11/22 昼公演
This Houseのイギリス公演は、ウエストエンドとNational Theatre at homeの配信で見たことがあるので、これを日本語でやるとは、大変そうだなあと思いながら見に行った。せっかくなので覚えているうちにメモを。
- 日本語にするのは大変そうだが、頑張っていた。頑張りが伝わるプロダクション。
- 字幕をどう使うのかと思ったら、セリフ外の補足情報を出してくる。まるで翻訳書の脚注のよう。
- 記憶の中の舞台映像と比べて、時間をかけるシーンが変わっているところが興味深い。議会で人が亡くなるシーンにかける時間が長い。
- 狭い空間で、うまく各党の部屋、議会を区別して演出・振付されていた。細かい場面転換が多く、これを考えるのも、毎回実行する俳優たちも、なかなか大変そう。
- ナショナル・シアターは舞台が広いので、ビッグベンの時計のシーンは舞台奥の小高い部分で演じられる。シアタートップスにはそんな場所はないのだが、大道具の背景に時計盤を描いて、そこの小窓から俳優が顔を出す工夫をしている。しかし小窓から顔が出てくるのはちょっとオモシロなので、時計に思い入れのあるマイケル・コックスのシーンで、毎回あの小窓から顔を出してくるのか心配になった。さすがにシリアスなシーンでは使っていなかった。
- 予期していた通り、笑いどころは減った。(英語から日本語に翻訳できない種類の言葉遊び、日本語に直訳すると面白さが伝わらない箇所、言葉の発し方が笑えるようになされていない箇所など、いろいろな要因がある)(私がオリジナルのブリティッシュユーモアに重きを置きすぎな節もある)
- 伝わらないジョークもわざわざ日本語でやって滑っているので、その時間はもったいない。思い切って「伝わらなかったな」の部分はカットしてもっと短くすると、小気味良い雰囲気が出るのではないか。それで再演しよう!
- もちろん「ここをうまく笑いにしたな!」と思うシーンも多々ある。レディッチとcheの音のある地名とか。
- ドクのシーン、分かりやすく泣けた。
- 歌を英語詞のまま歌っていて、楽しそうだった。
- Toryの雰囲気と労働者階級の雰囲気は、日本の小劇場ではコントラストの表現が難しいだろうと思った。
- 翻って、イギリスの舞台俳優も「いつも知的な役」「労働者階級の役」と固定されたキャスティングが多いのは疑問。その俳優の醸し出す雰囲気と配役が、そこまで固定的で良いのだろうか。
- かなり熱量のある舞台。俳優は、私の好みよりも少し声を張り上げすぎている。しかし日本の舞台は基本的に私の好みより音量がうるさく感じるので、本プロダクションが特にそうというわけではない。
- 細かいビジュアルデザインは、翻訳・字幕・役者のテンションのレベルに到達していない。演出のシリアスな雰囲気に比べて、カツラのクオリティがあまりにも低い。手持ちバインダーにプリントされた、議会ロゴの色と配置バランスは良くない(もし実際にそういうデザインが流通していたエビデンスがあるなら申し訳ない)。
- 保守党と労働党の登場人物を青と赤のネクタイで色分けするのは、リアルからまた遠ざかるが、場面転換等わかりやすくするために妥協できる範囲内と感じた。
