ITAの配信編集のうまさ

ITAlive(Internationaal Theater Amsterdamの演劇配信のこと)を見たことがある人なら、その配信映像のクオリティに異存はないと思う。

俳優の演技をきちんと捉え、セットや照明の美しさも伝わる。各ショットの構図も美しく決まっている。配信で見ていてもストレスが少ない。

Roman TragediesやKings of Warを見ていて、配信映像をうまく作る具体的な手段だな、と思ったポイントがひとつあったので書いておこうと思う。

劇場からの配信映像について

そもそも演劇の配信がストレスになるというのは、観客に「生で見た方が良い」と思わせてしまう瞬間があるということだと思う。

カメラの捉えたところしか画面に映らないため、見たいところが映らない場合や、劇場の空間を共有していないせいで、その場の感覚を把握しにくいという場合に、観客が不満を持ちやすいかもしれない。

セリフを喋る俳優をアップにしている時に、ほかの俳優がどんな演技をしているのか分からないということはNTliveでもしばしば指摘されている。コロナ禍以降にいろいろな劇場が始めた配信を見ていると、人物を撮影することに終始していてセットの様子がわからない、セットのどこにいるのかすらわからない場合もあった。

(俳優の動きを追いかけきれずフレームアウトする、ピントがボケるなんていうのは、議論以前の問題だが、そういう配信も無いことは無かった)

この点で、ITAliveの映像で不満を感じたことは、私はほとんど無い。

ITAliveのカメラワークの特徴

ITAliveのカメラワークで、私が気がついた良いポイントというのは、場が変わったあとの2ショット目を、その前の場との位置関係が把握できる画角で撮影するという手法である。

Roman TragediesやKings of Warでは、舞台の美術転換はあまり行わず、広い舞台のいろいろなスポットを利用して異なる場面を描く。例えば、最初は広いオフィスの中のデスクの周りで王と部下が話し合いをしており、次にソファーで敵対する勢力が会議を始めたりする、というように。

この場合、しばらくは複数台のカメラがデスク周りの俳優たちを撮影し続ける。そしてその会話が終わると次に、ソファーに座るグループの画に切り替わる。新しい人たちのシーンだな、と思った次の瞬間に、ソファーに座る人物を捉えながら先ほどのデスクが同時に見える画角のショットが入り、前の場面との位置関係を示してくれるのである。

これにより、劇場の広さ、その中での各俳優たちの位置どり、各グループの距離感、前の場面の俳優たちが次の場面をどう見ているのかあるいは意識していないのか、もう退場しているのかどうかが分かる。空間と話の流れの演出が、かなり把握しやすくなる。

要約すると、舞台で演じる俳優と場所が変わるたびに、それがどこに位置しているかきちんと見せることにしている、というだけのことだ。単純なルールだが、劇場の空間全体のなかでどのように俳優たちを動かしているか把握しやすくなり、「劇場での鑑賞経験と比べ配信では何かが欠けている」感覚が薄れるように思う。もちろん実際にルール化されているかどうかは知らないが、こういうやり方が同じ配信中に何度かあった記憶がある。

ITAのカメラの利用

ITAの公演では、配信以前から、カメラとスクリーンを用いる複雑な演出を行っている。そのため、コロナ禍以降の生配信でも、複数台のカメラを使って見せるのが上手いのは当然かもしれない。

ここに書いたのは、生配信のカメラがどこをどういう順番で映すかという話だが、こういう点からも、また各ショットの構図の美しさなどから見ても、ITAliveの撮影ディレクションがかなり綿密に計画されていることは間違いない。

自宅にいながら、このようなよく練られた演劇プロダクションを鑑賞できるのは大きな喜びである。

次回ITAlive配信The Doctor (Robert Icke) 2022/5/22(日本時間5/23 3am)


余談1 Kings of Warの配信

Kings of Warは生で公演を見たことがあるが、カメラマンが非常に重要な役割を担っていた。舞台上にカメラマンが上がり、観客は俳優とカメラマンが対峙する様子を確認しながら、俳優の正面からのアップを上部のスクリーンで同時に見る時間があったり、観客からは見えない舞台の背後にカメラが入ってそこで物語を進行させて見せるシーンがあったり、面白い演出だった。

ただ残念ながら、この公演は配信になると、カメラが入ることが前提のプロダクションになってしまうので、「生の舞台にカメラが入り込んで映像を同時に見せる」ことの面白みが薄れてしまった。

余談2「観客が見たいところを見ることができない」問題に関連して

Young Vicの配信では、基本的には劇場側がカメラを随時切り替え、見やすく編集してくれるのだが、観客が複数のカメラから見たい視点を都度選択することもできた。

観客による独自のリアルタイムな映像編集が可能で、見たいところをいつでも見ることができる状態の配信ともいえる。

ただ、よっぽど追いかけたい俳優が決まっている場合や、戯曲と演技プランを事前に記憶している場合でなければ、観客が鑑賞しながらその場でカメラを切り替えていては、満足できる鑑賞体験には到底ならないだろう。

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