2018年にナショナル・シアター(NT)で上演されたマクベスのNTLiveを観てきた。
正直に言うと、各紙批評がかなり厳しかったので、あまり期待していなかった。しかし、映画館で観ている分には、非常に面白いと思えるライブ上映だった。
演出 Rufus Norris/舞台美術 Rae Smith/衣装 Moritz Junge/照明 James Farncombe/音楽 Orlando Gough
出演 Rory Kinnear, Anne-Marie Duff
日本上映は2月21日まで/NTLive公式/NT 演目ページ
ホラー風味のマクベス
ホラーっぽいと聞いていたので、ホラー映画化されたシェイクスピアというつもりで観て、大変楽しんだ。
セットや魔女の演出などが荒涼としていて、温かみなどまるで求めていないところがホラーっぽい。カット割りや構図も格好良く決まっているし、視線が固定されてとても観やすい。前半はちょっと散漫に思ってしまったのだが、インターバル後はかなり話の運びもスピーディーで、楽しいエンターテインメントだった。
門番や暗殺者、マクベス夫人の侍女らを演じた俳優の存在感も面白い。
ローリー・キニアのマクベスは、冒頭は勢いよく人の頭を切り取ってはいたものの、そのあとはそこまでの器ではないのに大それたことを実行してしまった人、という雰囲気がかなりリアル。
殺人を犯してしまったという罪悪感、誰かにこの座を奪われるのではという不安、幽霊に怯える姿。どれも普通の人間なら感じて当然の感情を表現しているように見える。
いっそ、予言を妻に話さず、ダンカンの殺人を実行しなければ、それなりに楽しく人生を生きていけたのでは?という雰囲気があった。
なぜ酷評が多かったのか
批評の星の数は1〜3、星2つが最も多かったと思う。批評家が嫌ったポイントは、「ルーファス・ノリスはシェイクスピアを理解していない」「コンセプトが混乱している」「カットしすぎ」「セットが醜い」「オリヴィエ(NTの中で最も大きいシアター)は広すぎる」「マクベスが普通の人すぎる」「演技も深みがない」など、今までに観たことがないくらい多岐に渡った。
比較すると、私が今回のマクベスを楽しめた理由は、まず上映前に世界観の解説があったため、演出理解の助けになったということが挙げられるだろう。マクベスたちの居室があまりにせせこましいのではないかと思ったが、事前に美術の解説があったので、「そういう解釈なのだなぁ」という程度の意識で見れた。批評家たちは何の説明もなく舞台を鑑賞し、「何でこんな風にガムテープなんか使うのか」と疑問に思ったかもしれない。
また、私はマクベスに「こうあるべき」という理想がなかったので、なにがあっても楽しめた。現代的な映画にも馴染みがあるので、NTLがホラーっぽくても面白い。むしろ、ヤングヴィクで2015年に鑑賞したマクベスはもっと突拍子もない演出と美術だったし、同じく2015年にバービカン劇場で鑑賞したハムレットなどは、もっと下手なホラー映画のようだったので、「今回は真面目でよくできているなあ」とすら思った。
そして、私はNTLで観たからこそ、かなり印象がよかったのだろうということが想像できる。舞台の真ん中に橋のようなセットがある以外は、舞台上ががらんどうに見えたので、これを遠くの席からずっと見ていると視覚的変化が少なく、舞台とのコネクションが感じにくいだろう。ホラーっぽさ、不安の心理描写などは、ある程度親密な空間で見た方が効果的だと思う。先ほども触れた2015年のバービカンのハムレットも、舞台が大きすぎたが、NTLで鑑賞するとだいぶ印象がよかった。
文脈上の批評
最後に、このマクベスが「ナショナル・シアター」の「芸術監督であるルーファス・ノリスが25年ぶりに挑むシェイクスピア作品」だという文脈だからこそ、ネガティブな批評が多かったのではないかということも付け加えたい。(これはリン・ガードナーの最近のThe Stageの論考に影響された考えだ)
比較する対象が少ないので再度引き合いに出すが、ヤングヴィクで2015年に鑑賞したマクベスも、現代的な設定と衣装で、暴力的な描写もあった。ダンカンとマクベスのノリが軽くてパリピっぽくて、合間合間にダンスが入る。私はこの2015年のマクベスの方がもっと変なことをやっていたし、セリフはもっと少なかったし、満足度はもっと低く感じた。しかし、こちらは批評が星2〜3で半々なので、平均するとNTマクベスよりも評価が高いように見える。
なぜだろうかと考えると、規模や期待の差に思い当たる。
ヤングヴィクのCarrie CracknellとLucy Guerin演出作なら当然ダンスが入ることを予想して批評家たちは見ているはずだ。ダンスがうまく調和はしていなかったものの、こういう舞台かな?という予想があった上での、あの舞台の出来だったので、批評も星3くらいが妥当に思えたのではないだろうか。
しかし設備や資金が潤沢な国立劇場で、満を辞して芸術監督が手がけるシェイクスピアがどんなものか、と考えるとかなり予想がつきにくい上にハードルが高い。実際のプロダクションが期待と違えば違うほどネガティブな反応になるだろうし、素晴らしい演目がかかって当然と期待される国立劇場が相手なら尚更、ある程度手厳しく評価すべきだとも考えるだろう。つまり、1つ下げて星2つだ!
以上が、私が考える、現地での批評家の評価と私の感想の差の理由の考察だ。もっと様々なマクベスのプロダクションを見ていたら、もしくは実際に生の舞台を鑑賞していたら、全然違うことを考えたかもしれない。なので、今後も舞台はたくさん見ていきたい。
ナショナルシアターライブ「マクベス」の上映は、2月21日まで、オススメ(おそらくあるだろうアンコールは未発表)。次回作は「ヴァージニア・ウルフなんか怖くない」が3月1日〜7日上映予定だ。こちらはものすごく楽しみにしているので、私の中のハードルは天まで届くぐらい上がっている。