バンズ・ヴィジット

2023/2/15 日生劇場

映画『迷子の警察音楽隊』(2007)を舞台化したブロードウェイミュージカル『The Band’s Visit』(2017年初演)の日本初演公演。上演時間100分、休憩無し。

映画、ミュージカルの戯曲、サウンドトラックを視聴し、予習はバッチリの状態で鑑賞した。比較的新しいトニー賞受賞ミュージカルの日本公演としては、ある程度は期待に応える舞台だったと思う。


エジプトのアンドレアから来た警察音楽隊とイスラエルの架空の田舎町ベトハティクヴァの人々の交流を描くミュージカル。コンサート公演のため、エジプトからイスラエルにやってきた警察音楽隊が、乗るバスを間違えてド田舎の何もない町まで来てしまい、そのまま一晩を過ごすことになる。ホテルもないので、町の住人たちの部屋に泊まらせてもらい、次の日の朝には帰っていく。よそ者が来て、また帰っていくという点では少し『Come From Away』と似ているが、もっともっとささやかな交流を描く。事件らしい事件は起こらないが、何も変わらない田舎の空気が少し動いた、くらいの規模の物語を親身に丁寧に描くところに好感を持った。

主人公は、音楽隊指揮者のトゥフィーク(風間杜夫)と、カフェの主人ディナ(濱田めぐみ)。映画では、少し慣れない英語で両者が会話をするのだが、日本公演ではそこが日本語になっている。エジプト人同士はアラビア語、イスラエル人同士はヘブライ語で話す。ほとんど字幕もつかないが、おおよそ何を話しているのかは推測できる。

堀尾幸男による舞台美術は赤を基調としており、大きな盆に背の高い赤いパーティションを分散させていくつか立てている。あまりリアルな背景は用いず、家具や小物を使って部屋やカフェを表現していた。音楽隊は全員水色の制服を着用しているが、イスラエル人の方のヘアメイクと衣装は妙にリアルで日本的に見えた。全体を見た時に、セットと衣装から舞台となる土地固有の雰囲気が感じ取れないのが残念。

良かったのは、プロの演奏家を起用した音楽隊によるアラブ音楽の生演奏。演奏者7人中5人がプロ、一人はクラリネットを演奏できる俳優、もう一人は今回の公演のために練習した俳優という配分だった。5人がふと舞台上に出てきて演奏を始めると、聞き慣れない音楽も相まって特別な空間になったようで嬉しくなる。他の音楽のシーンも、出演者全員が十分に歌えており総じて良かった。特に風間杜夫演じるトゥフィークが歌うシーンは、何の歌か分からなくても彼の人となりを伝え、感動的であった。

他にも、矢崎広演じるイツィック宅のシーンは、隊員たちと家族の交流の緊張感が良かった。新納慎也(カーレド)のスターらしい存在感も好ましい。しかしながら、音楽が無くセリフのみのシーンは、音楽シーンと比較するとやや魅力が不足しており、特に序盤が少しさみしい。美しく広い劇場だったが、この物語のスケール感と演技では、空間全体に伝わる熱量や緊張感が足りないような感触があった。また、演者の演技のスタイルがバラバラで、あまり没入しきれないのも気になった。このようなささやかな機微を描く物語では、演出家が全体的な調整をもっとして良いと思う。私が元来からリアリスティックな演技が好みなので、イスラエルに「日本のミュージカルっぽい」演技や歌唱が出てくると少し興醒めしてしまう。

とはいえ、最後の曲の演出は、盆を使った振付が活きており、感動的だった。電話男(こがけん)のソロから始まる「Answer Me」は、音楽隊、町の人々に引き継がれて大きな合唱となる。盆がぐるぐると周りながら、それぞれの場所に立ち尽くす登場人物を順に見せていくが、出番中ほとんど動かなかった電話男だけ盆の上を歩き回り、最後は盆の外に出てくるのはブロードウェイの演出を引き継いでいるように思う(YouTube動画参照。On-Stage at Broadway’s “The Band’s Visit”)。

今夜出会ったエジプトとイスラエルの人たちはもう二度と会わないだろう。今夜はほんの少しだけ良いことがあったような気もするけど、勘違いかもしれない。そんな、切ないながらもほんのりと良い気分で劇場を後にすることができる舞台だった。

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