2018年から2019年にかけて、シアター風姿花伝でかかったパラドックス定数の舞台記録映像が、2020年10月から11月にかけて配信されたものを視聴。
作・演出:野木萌葱
配信作品:731、ブロウクン・コンソート、5seconds、Nf3Nf6、蛇と天秤、トロンプ・ルイユ、Das Orchester(このうち、ブロウクン・コンソートとトロンプ・ルイユは劇場で鑑賞している)
総評
野木萌葱作品は、冒頭がかっこいい。ナチスの制服の男とホロコーストの囚人服の男の間に置かれたチェス盤、どこかではじまる病院の先生の無料講義の予行演習、男たちに突然つながれるリードで示される人間と動物の関係性…いずれも抑制的で詩的で、何が起こっているのか知りたくなる良いきっかけになっている。
配信を順番に見ていくと、どの舞台でも男たちが多数登場し、かつ史実を下敷きにしたドラマを得意とする作風であることがわかる。また多くの作品が湿度の高いロマンスを描いているようなところがあり、それは対象が人であったり、夢や才能や芸術であったりするのだが、そこで発生する人間の諦めの悪さを描き出したいのかなと感じる。意見の衝突が議論として積み上がっていかず、まぜっ返しの連続のように感じられてしまうことも多々あるのは残念に思った。
このまぜっ返しの会話に意味があるのは『5seconds』で、相手が精神を患っているからこそ会話が通じず、今までの流れがぶった切られてしまう理由づけになっている。また、『Nf3Nf6』も真相告白とまぜっ返しの連続のように思われるが、話題がどんどん展開していく勢いが凄まじく理屈を超えてしまい、さらに演じた俳優の熱気もあって、ラストは何かのアクロバティックスポーツのようになっている。
最も好みだったのは、劇場で鑑賞もしていた『トロンプ・ルイユ』で、記録映像で見ても伝わる魅力があった。この作品が他と比べて異色なのは、特定の歴史的な事件を扱うものではなく、また競馬という勝負事を扱っているので、勝つか負けるかというスポーツドラマ要素が追加され、議論の側面がかなり小さくなっているというところだ。また、一人二役という配役方法もこの作品でのみ採用しており、戯曲の完成度が高く、技巧的だとも感じる
ほかは、録音状況などの関係で「生で見ていればもっと感動できたのではないか」と思うこともあった。小さいところはとても小さく、足音と大声が大きすぎる傾向は、環境の問題なのだろう。
各作品の短い感想
731
731部隊の人体実験に関わった科学者の倫理の問題を取り上げる。さらに謎の手紙を出したのは誰か?毒を盛ったのは誰か?というミステリー要素が加わり、緊迫した劇が展開する。面白いのだが、激昂する演技がややうるさいと感じる。出演者が多めで引きの場面が多いが、映像があまり鮮明ではなく、どれが誰かはよく分からなくなってしまった。
帝銀事件を知らなかったので、舞台の予習で調べたのだが、そっちも小説のようでびっくりした。
ブロウクン・コンソート
劇場で見たので、配信は再生してみたがあんまり集中できずよそ見してしまった。男がなぜ傷ついた相手の表情を確認したいのか、見直してもよく分からなかった。
5seconds
日本航空350便墜落事故の片桐機長らしきパイロットと若い弁護士の面会を描く。弁護士はパイロットの証言を引き出したいのだが、前述したように、パイロットの発言が思うように引きだせず、うまくいったかと思った会話もまたブツッと途切れてしまう、という面会が続く。機長が精神を患っている設定なのに、弁護士の性格が不安定なのは妙で、劇全体の中の雑音になってしまうように思う。前半は見づらかったが、後半ドライブがかかり面白くなっていった。
Nf3Nf6
かつて同僚だった数学者同士が、ホロコースト収容所で将校と囚人として再開した一室での会話を描く。冒頭は抑制的で静謐なシーンから始まるのだが、二人で暗号解読をすると見せかけつつ、実のところはお互いが相手のために戦時中どんなことをしてきたかを暴露し合うという、かなりダイナミックなラブストーリーだった。たたみかけていく内容は現実離れしているが、セリフと演技の熱量に負けて、こういうのもアリだな、と納得してしまう。
しかしなぜこんなにも、相手が挫けたときの表情を確認したいのかはよく分からなかった。
蛇と天秤
大学病院の医者を製薬会社の研究員がたずね、新薬についての評価を取り下げるよう要求する。攻防の末、新薬開発のスキャンダルが明かされるが、その部屋から外にはそのスキャンダルは出ず、彼らは再び何事もなかったかのように過ごすのだろう、という結末までが描かれる。
題材の面白さは感じるが、それは冒頭とフィナーレ部分に限られる。この作品は私からすれば「まぜっ返し」の連続で、発言の連続性や必然性があまり感じられない。キャラクターの設計のいびつさが目立ち、比較すると731や5secondsの作劇の方が洗練されている。
トロンプ・ルイユ
以前の感想と変わらず、また配信でも繰り返し見ても面白かった。傑作。
Das Orchester
フルトヴェングラーらしき指揮者を主役に、指揮者とオケに、ナチスが圧力をかけていく過程が描かれる。
音響が良くないのでしょうがないことなのかもしれないが、世紀の名演のはずの音源がひどい演奏にしか聞こえないので、どうにも気分が削がれる。また、オーケストラや指揮者をロマンチックに描きすぎなところが、見ていて納得しきれなかった。以前にロナルド・ハーロックの『Taking Sides』を見たことがあり、比較して描き方が生ぬるいと感じてしまったかもしれない。